銀杏

 ほんの少し前までは、地面に落ちた実が強烈な匂いを放っていた銀杏。もう木に実っているものは見かけなくなった。地面からも姿を消した。シーズンは終わったのだ。かと言って、紅葉もまだ始まらない。
 注目されることのない中途半端な時期。銀杏の木がどこか自信なさげに見えるのは気のせいだろうか。

 もう20年ほど前のことだ。
 庭に銀杏の苗を植えた、と知人が私に告げた。
「銀杏は雄株と雌株があって、一緒に植えないと結実しない。だから両方植えた。実が成るまで20年くらいかかるけど、良かったら拾いにおいで」
「分かった、必ず行く」
「約束だよ」
 20年も先の約束を交わした。

 例えば1週間後にデートの約束をすれば、着ていく服やら話したいことやらに思いを巡らし、当日まで想像だけでも楽しく過ごせる。同じ原理で、20年先の約束ならば20年間ずっと楽しい気持ちでいられるだろうか? などと思ったものだった。
 しかし、よくよく考えてみたら20年も楽しい気持ちが続いたとしたら、正気を保ってはいられないだろう。

銀杏

 私は毎年この時期になると、まだ見ぬ2本の銀杏を思う。20年間楽しい時間が続いたわけではないけれど、街路樹に公園に銀杏を見るとほんのり幸せな気持ちになる。

 知人とは疎遠になってしまったので銀杏の成長は分からない。枯れていなければそろそろ実をつけている頃に違いない。
 私は一生、その木を実際に見ることもなければ、実を拾うこともないのだろう。そして毎年、銀杏の木を見上げながらあの日の約束を思い出し続けることだろう。(了)