空海を偲んで

 その道の達人でも失敗するということを「弘法も筆のあやまり」と言う。
今日は、弘法こと弘法大師の命日だ。

 弘法も筆のあやまり―。弘法が間違えた字は「応」だと言われている。彼は「応天門」という額を書いた時「応」の点を打ち忘れたため、その額を建物に掲げたあとに、筆を投げて点を打ったそうだ。

 しかし「応」を書いてみると、点を打ち忘れるような筆運びではないように感じる。「博」なら打ち忘れそうな気もするが。

 弘法は間違ったのではなく、わざと打ち忘れたのだろうか?画竜点睛的な感じを狙ったのだろうか?

 今から点を書いて魂を入れるから、みんなよーく見とけよ!
 俺のパフォーマンスはじまるじぇぇ~!
 なんてね。勝手な想像でしかないが、彼は僧侶であり、書道家であり、芸術家であり、エンターテイナーだったのかもしれない。

 空海の命日にそんなことをつらつらと考えた。故人であるから真実を確かめられないのが残念でならない。(了)

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