音相ー牛丼の謎

 先日、朝日新聞の『天声人語』に音相のことが取り上げられていて、興味深く読んだ。取り上げられていたとはいえ、新聞のコラムなのだから取っ掛かりにすぎず、時事問題が主題だった。当然である。しかし私は導入部分である最初の8行に釘づけになってしまった。

 ことばの響きが与える印象を音相と呼ぶ。言霊と似ているが、音相の方がやや軽い感じがする。音相は言葉が放つイメージ、言霊は言葉の持つ力。この日の天声人語に名前が出てくる木通隆行氏。ネットでも少し調べてみたが、音相学の研究は氏から始まったようである。

 氏の著書によると
 “濁音はうっとうしくて暗い半面、豪華で重厚な趣を醸す(天声人語より引用)”ということだ。
 その中でも、GとDの音に注目し“「ぎゅうどん」には、不動の安定感がある(天声人語より引用)”としているらしい。

 まったく同感である。
 牛丼。
 この食べ物を頭から追いやって、ただの音として「ぎゅうどん」と何度か口にしてみる。
 ぎゅうどん。
 ぎゅうどん。
 ぎゅうどん。
 確かに、かなりの重厚感だ。どっしりくる。腹が据わった、不動の存在。そんな印象を受ける。

 濁音をふたつ含む語はたくさんある。
 デザイン。でざいん。
 ダウンロード。だうんろーど。
 ブログ。ぶろぐ。
 ブックカバー。ぶっくかばー。
 それなりに重い印象は受けるが、重厚とまでは言い難い。

 やはり、秘密はGとDにあるのだろうか。天声人語ではこのあと、GとDを含む『ゴールド』という言葉を上げていた。
 ゴールド。
 ごーるど。
 ううむ。重みは感じるものの、重厚さとまではいかない印象だ。

 秘密は「どん」か? と思いつき、言葉を少し変えてみる。
 ゴールドン。
 ごーるどん。
 少し落ち着きが出たように思うが、まだ物足りない気がする。途中の「る」が丸みをイメージさせて柔らかくしてしまうせいだろうか。

 再びぎゅうどん。
 ぎゅうどん。
 なんだろう、この重みと落ち着きは?
 なんなの……ぎゅうどん。
 いやだわ……ぎゅうどん。
 すき家の……ぎゅうどん。
 このままでは眠れないではないか。

 ここで、萩原朔太郎の『虫』という作品が頭に浮かぶ。この物語の主人公はある日「鉄筋コンクリート」という言葉にとらわれる。この言葉の意味はなんだろうと悩むのだ。彼が求めるのはもちろん、【鋼材とコンクリートで出来た建造物】という答えではない。その言葉の本当の意味。
 「テツ、キン、コン」と韻を踏み、最後に「クリート」と伸ばす、その神秘的な意味をつかみたくて、彼は狂わんばかりに悩みぬく。常にこの言葉が頭から離れないのだ。
 我慢できなくなった彼は、見知らぬ人にその意味を聞いてしまったり、友人の家に押し掛けて行って意味を尋ねたりする。その後、憑き物が落ちたように唐突に答えを見つけるのだが、ここには記さないでおく。非常に面白い作品なので、機会があれば是非読んでみてほしい。『猫町(岩波文庫)』に収録されている。

「テツ、キン、コン」ときて「クリート」とのばす語にとらわれた主人公。
 ふと、ぎゅうどんの持つ重厚感の秘密をとくカギはここにあるのではないかと頭をよぎる。「ぎゅう(G)」とのばした直後に「どん(D)」としめるところ。一度のばすことが大事なのではなかろうか。

 そこで、この法則に当てはまる語を他に探してみる。
 ガーデン。がーでん。
 イマイチである。閉める音はDなら良いわけではなく「どん」でなくてはいけない気がしてくる。

 ゴードン。ごーどん。
 おお、ずっしりくるではないか。やはり「どん」か。
(※ゴードンとは、ドライジンの定番銘柄)

 他には……。
 西郷どん。さいごうどん。
 おっと。これも、ずっしり重厚感。

 これだ。「G」で伸ばした直後に「どん」でしめる。これだ、これだ。私も『虫』の主人公のように、憑き物が落ちたがごとくスッキリした。

 ぎゅうどん。ごーどん。さいごうどん。
 ぎゅうどん。ごーどん。さいごうどん。

 関係ないが、リズムもいい。これで今夜は気分よく眠れそうである。その上、西郷どんがゴードン片手に牛丼を食べている………そんな夢を見れたら文句のつけどころがないのだが、そこまでは望まないでおこう。(了)

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