パチンコの市民権

 

 私の一番古い友人――いわゆる親友だが、彼女の趣味はパチンコである。
 「趣味ではない、単なる息抜きだ!」
 と反論されそうだが、私にはそう見えるのだから仕方がない。今年の最初に来たメールは「初打ち行ってきた!」であった。これを趣味と言わずになんと言うのか。
 彼女の職業は看護師。きっとストレスも多いのであろう。彼女の名誉を尊重して、ここでは名をあかさず「M」と呼ぶことにする。

 以前、近所のパチンコ屋の前の通った時、駐車場にMの車を発見。中に入ってみると、なれた手つきでパチンコ台に向かうMの姿があった。
 私はその時に店内にいた女性の多さに驚いた。私は年寄りなのか、田舎者なのか、「女がパチンコォ?」という感覚がある。 
 私はうるさい場所も嫌いだし、うるさい音楽も嫌いだし、うるさい(声が大きい・やたらとしゃべる)人も嫌いだし、とにかくうるさいのが嫌いで嫌いで嫌いで嫌いで嫌いなのだ。パチンコが嫌いなのも、うるさいからかもしれない。……って、うるさいうるさいと言う、この私が一番うるさい?

パチンコの市民権
 喫煙・飲酒・茶髪等々、もともとは感心されない行為であっても、その人口が増加し定着してしまえば特別な行為だという感覚はなくなる。というより、特別な行為ではなくなる。当たり前になる。

 女性のパチンコ人口も女性の喫煙飲酒人口と同程度なのかもしれない。しかし、私だけに限らず世間の認知度は低いのではないだろうか。――なぜだろう。

 それはおそらく、パチンコは一箇所の閉ざされた空間でしか行われない行為だからであろう。そこに集う人間のみしか目にしない。パチンコ店に足を踏み入れない者にとっては、どれだけ年月が経とうが、女性パチンカーは特別な存在なのだ。

 私の親友の趣味が、人に言うのがためらわれる状態であるというのは可哀相でもあるし、私自身そんな偏見じみた考えは捨て去ってもいいと思っている。しかし、これがなかなか難しい。

 そこで私は提言する。
 ①中学高校にパチンコ部を創設する。
 ②パチンコをオリンピックの競技に加える。
 これが実現すればパチンコへの偏見はなくなるであろう。いや、間違いなく、なくなる。なくならない訳はない。ひょっとしたら、どこかの熱血パチンカーがもうすでに動き出しているやも知れぬ。そうだとしたら、実現は遠い話ではない。
 私を含めた世間の偏見にめげず、実現の日を夢見て、頑張れM!!(了)

※本気でパチンコに市民権を与えろなどと思ってはいません。パチンコに限らず、全てのギャンブル及びギャンブラーは大嫌いです。これを読んで「パチンコに市民権など与えるな」と猛抗議してきた方がいましたので、念の為「これはネタです」と書いておきます。笑。

 

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