死なない蛸

 ワールドカップの勝敗を占うタコ、パウル君が少し前に話題になった。何度もテレビに映し出されるパウル君を見るたびに、私の頭の中には、とある詩が浮かんでいた。 萩原朔太郎の「死なない蛸」という作品だ。

 水族館で飼われていたタコ。タコは飼育員から存在を忘れ去られ飢餓状態に陥り、自分の足を食べる。足を全て食べてしまうと、「身体をひっくり返して」内臓を食べはじめる。そうして自分の身体を全て食べ尽してしまうのだ。

 でも、タコは死んだわけではない。不満と欠乏を抱え込んだまま、そこに存在し続けているのだ――といった内容の詩だ。
 ものすごい「欲望」を持ち、満たされぬまま消えた生き物はそこに存在し続けるのかもしれない。死ぬのではなく、見えないけれど、存在し続ける。タコが水槽の中に目に見えぬ不満との塊を残していったように。

 人は皆、希望や欲望がある。満たされぬまま歳をとっていくことの方が多いかもしれない。ヒトが消えた後、その思いがそこに黒々と残り――。ちょっと怖い話だ。

 そんなことをぼんやり考えつつ、パウル君をなんとなく眺めつつ、美味しくたこ焼きをほおばる――。ちょっと怖い私だ。(了)