彼岸花伝説

 今年はとても寒い夏だった。秋の足音が聞こえてきてからの厳しい暑さにも閉口した。火星大接近に関係しているのか、何かよくないことの前触れか……などという考えが頭をよぎる。

 これだけ天候不順だったのだから米も野菜も高くなるだろうなと思っていたら、ああ、きましたよ、ついにその時が。いつも購入している10キロ2800円という激安米が、いきなり700円も値上がりしやがったよ。まいったね。ははん。
 冷夏の影響を受けるのは新米の価格だけで、古米は大丈夫という話も小耳にはさんでいたけれど、余波を受けないわけがない。

 ところで、彼岸花の開花時期の話をご存知だろうか。
 彼岸花は「時期を間違えない」のだそうだ。普通、植物は、 その年の天候に左右されて芽を出す時期・花の咲く時期が早かったり遅かったりするものだが、彼岸花はどれだけ天候不順でも彼岸の頃に咲く、というのだ。

 私はこの話、というかこの事実が好きだった。毒々しい色と も妖艶な色とも言える花を咲かせる彼岸花。花弁はどこかエロティックで、球根には毒を持つ。そして“時を間違えない”。
 なんだか素敵ではないか。人
間に例えると「一本筋が通った人」「個性的な人」「神秘的な人」といったところだろうか。
彼岸花
 しかし今年の異常な冷夏には、さすがの彼岸花もしてやられたようだ。
 7月末か8月始めくらいのことだったと思う。ニュースでアナウンサーが「彼岸花が咲き始めた」と口にした。私は耳を疑ったが、翌日、はからずもその現実をこの目で確かめることとなる。近所の荒地に、灯火のような彼岸花が凛と咲いていたのだ。

――彼岸花伝説破れたり。

 彼岸花も時期を間違えることがある。これは少々ショックで はあったが、この事実もまた私は好きになった。「絶対に」な んてことはこの世にはないのよ、そうなのよ。

 冷夏も軽いものなら、彼岸花も負けなかっただろう。しかし、今年の寒さはしつこいほど長かった。結果、ありえないことが起きたのだ。長い冷夏は彼岸花を咲かせた。

 きっと、不可能事と思われるようなことでも、強い意志で長 く続けていけば奇跡が起きるのだ。中途半端は駄目。熱い思いで執拗なまでに続ければ、奇跡は起きる。言い換えれば夢は叶う。……こともある。

 そんなことを考えさせてくれた冷夏に感謝。  その部分では感謝するが、やはり米の値上がりは許せないのであった。(了)