桔梗姫

 近所の空き地に桔梗が自生しているのを発見した。自生なんて珍しい、と驚くと同時に、子供のころの記憶がよみがえった。

 ご存知の方も多いと思うが、桔梗のつぼみは風船のように空気が入ってふく らんでいる。大抵の花のようにねじねじドリル状のつぼみではない。  
 私はそれを割って遊ぶのが好きだった。つぼみのついた茎を人差し指と中指ではさみ、ぱんぱんに張ったつぼみの中央に親指を当てて軽く押す。すると、つぼみは「ぽん」と音をたてて割れる。割るタイミングも重要で、色づく前だと「ぽん」と鳴ってくれない。明日にでも咲きそう、という時がねらい目なのだ。

 つぼみを割るときに、私はいつもひとつの空想にとりつかれた。この中にお やゆび姫のような小人が入っているかもしれない、と。おやゆび姫の生まれたチューリップの花は、つぼみの構造上、中に小人がいるのは無理のある設定のように思う。しかし、風船状の桔梗なら中に未知なる生命がいても全然おかしくはない。さしずめ『桔梗姫』といったところだ。
 桔梗姫はきっといる。このつぼみにはいなかったけど、いつかきっと桔梗姫 に出会うことができる――なんの根拠もなくそう思い込んでワクワクしたものだった。
 桔梗姫は薄紫の着物をまとっている。なぜか言葉はしゃべらない。いつも静かにそばにいるだけ。それから、竹から生まれたかぐや姫と遠い親戚だったりする。私の中の桔梗姫はそんな感じだった。桔梗姫

 すっかり大人になった私だが、今度こそ「当たり」かもしれない、この中に  桔梗姫がいるかもしれないと思いつつ、自生桔梗のつぼみを割ってみた。
 そこには何もいなかった。でもいつか、きっと出会うことができる――今もっ  て何の根拠もなくそう思い込んでいる。(了)