コーヒーブレイク ―Peggy Leeを聴きながら

コーヒーブレイク ―Peggy Leeを聴きながら1
 あれは10代の終わりだったか。それとも20代の始めだったか。とにもかくにもコーヒーが好きで、一人になれる空間も好きだった。当時私は生まれ故郷の三重に住んでいて、自宅から車で20分くらいのところにある喫茶店をとても愛していた。 

 暗い店内。流れるjazz。メニューには数多くのコーヒーと2種ほどのケーキだけ。私はマンデリンばかり飲んでいた。薄暗がりの店内でコーヒーを飲みながら本を読むのが好きだったのだ。

 通い詰めたものの、他の客がいたことは1~2度ほどしかなかったと思う。 とても心地よい空間だったが、ある日を境にぱたりと行かなくなってしまった。それは、店主が私に話しかけてきた日だった。それまでも「こんにちは」や「ありがとうございました」程度の挨拶はあったが、その日はなにやら「今日は寒いですねえ」と会話のキャッチボールを突然投げられてしまったのだ。

 一人の時間と空間を楽しむために行っていた私は一気にゲンナリしてしまった。大好きな場所が一瞬で嫌いになった。信じていたものに裏切られたような気持だった。 今後もここへ足を運べば会話をしなくてはいけなくなるのかと思うと、苦痛でしかなくなった。
コーヒーブレイク ―Peggy Leeを聴きながら2

 

 それ以来、一度も行くことはなかった。私のこんな性癖は、今以てなんら変わってはいない。歳をとって人づきあいも昔よりは良くなり、独りでいたい病も少しはマシになったと思っているが、根本は同じだ。

 これからの人生もきっとそうなのだろう。好きなモノができてもいつしか嫌いになる瞬間がきっと待っているのだ。いつか必ず嫌いになる――それはもう、例外なく。(了)