蝉時雨が苦手だ。離れて聞くと、耳から自然の息吹が入ってくるようでホッ
とするのだが、大合唱の真下にいると耳が痛くなる。音で暑さが増すような気
さえしてしまう。
しかし「蝉時雨」という言葉は好きだ。蝉たちの声を時雨の降るさまに例え
るなんて、とても粋である。日本の言葉は美しい。
ちなみに「時雨」は「じう」とも読む。そう読んだときに発生する意味は「ち
ょうどよい時に降る雨」だ。蝉時雨は、夏という「ちょうどよい時」に降る蝉
の声という意味も裏に潜んでいるのかもしれない。
(フリー写真素材ぱくたそ)
この「時雨(しぐれ)」という言葉から、実に色々な単語が発生している。
春に降るにわか雨を、春時雨。袖に涙がかかる様子を、袖時雨。沢山の虫が
鳴いているさまを、虫時雨。葉の散る姿を、木の葉時雨。
いずれも、日本人の言葉へのこだわりと遊び心を感じる言葉だ。こうして時
雨のつく単語を並べてみると、現在「言葉」として生まれていなくても、身の回
りにいろんな時雨がありそうな気がしてくる。
【涼時雨 りょう-しぐれ】森の中などに充満する、ひんやりした空気。
【星時雨 ほし-しぐれ】冬の澄んだ夜空に瞬く、無数の星。
【鳥時雨 とり-しぐれ】沢山の小鳥がさえずる様子。
考え始めるとまだまだ色々ありそうだ。既存の言葉でもそうだが、こうやっ
て造語を並べてみると、「時雨」には、気持ちのいい空気や音や空間が似合うよ
うに思う。
あれ? そう考えると、蝉時雨も気持ちよいものなのか?
あれ? そう考えると、なんとなく心地よく思えてきたような?
蝉の勢いがまだまだ衰えぬ残暑厳しい日、時雨に思いを馳せて涼をとるのも
楽しいかもしれない。一度、お試しあれ。(了)